ネットゲームの魅力

序章

初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった

~中略~

神は言われた。
「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。
 そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。
男と女に創造された。
新共同訳聖書 創世記より

いきなり、聖書を持ち出すのも変な話だが、ネットゲームに置いても、なんだか似たようなものがあると思う。とくに、「神は御自身をかたどって人を創造された」という部分。ネットゲームに置いてプレイするキャラクターは外観こそちがえど大半はヒューマノイドである。(ようするに2足歩行)そして、プレイヤーはその中のキャラクターになりきってゲームをしている。またはその逆かもしれない。

実は、神から見ると自分がいまいる世界がネットゲームなのかもしれない。いや、ネット上の世界からみれば、今書いている自分も神。しかも、現実に存在するウィルスが、コンピューター上でも存在する。形態こそ違えどやることは一緒。無限増殖だ。そう考えてみると、また違ったおもしろさがある。

ネットゲームとは、普通のゲームにはないおもしろさがある。一番の違いはチャットであろう。常時だれかとコミュニケーションを取ることができる。オフラインゲームでは、ただ、物語に沿ったゲームを試行錯誤をくりかえしながら、自分で調べて、あるいは経験値稼を努力して、ストーリーをすすめていくだけだが、オンラインゲームの場合、必ずしも自分だけの努力でやらなくてもいい。だれか、強い人に手伝ってもらってもいいのだ。また、パーティー戦ではAIとちがって、人間特有のハプニングがあったり、お互い話し合い、助け合いながら先に進んでいくというものがある。

つまり、一人じゃないことを教えてくれるものでもある。

オンラインゲーム依存

しかし、これには罠がある。依存してしまうということだ。オンラインゲーム依存傾向と抑うつの関係を読んでみると

  • 自覚型の場合無力感
  • 没頭型の場合意欲の減退

依存症の内容が書かれている。とくに、

オンラインゲームがひきこもりの状態を長引かせる最大の要因の一つとして注目されつつある

と書かれている部分には注意しなくてはならない。