パラノイア

自分は、ずっと昔から見えない敵と戦っている。

いや見えないのではない。存在すらしない。小中高といじめられた経験があるが、それは目に見える敵だったからまだよかった。自分なりに仲間を作って対抗したり、部活で創作活動へと昇華することによって、結果的に負けたことはなかったからだ。

しかし、いつの頃から敵はそんなわかりやすいものではなくなってきた。それを初めて経験したのは、大学3年の冬のことだった。とにかく朝が辛い。誰でも、大学生になると朝の1元ぐらいサボっちゃえって思うものであるが、単に怠けたいからそうした訳ではない。いや、怠けているということに対して堂々としていられるならば、朝が辛いなんて結果にはならないはずである。朝が辛いということとサボると言うことには何の相関も無い。

その存在しない敵は、それ以来ずっと自分につきまとっている。当時できたことは、ネトゲをやること、作曲、サイト、とにかく何かを作ることで逃げることだった。今考えても、特に当時は、狂ったようにネトゲやプログラミングをやっていた。結果作っていたプログラムが専門書にも載るし、ネトゲを題材にしたサイトは大手サイトまでいっていたが、その存在しない敵はどんどん大きくなっていった。

結局、鬱病になり数年間休学や留年する羽目になったわけだが、これ以降、その見えない敵が消えることは一度たりとも無かった。鬱病が酷かったときは朝日を見ることすら恐ろしかった。しかし、いったい何から逃げているのか?そしてどこへ逃げようとしているのか?まったくわからない。逃げると行っても実際できたことは、布団をかぶって外の光が眼に入ってこないようにするぐらいだった。

当時は、病気を直すためにたくさん薬を飲んだ。最初はそれでよかったが、副作用で眠くて午前中は死んでいた。もっとも朝日が辛かったからちょうどよかったのかも知れない。あの頃ほど存在しないのに敵が存在するように感じたことは無かった。で、数年間薬を飲み続けてなんとか完治した。去年のリゾートバイトからは飲まなくても平気になった。

しかし、それはあくまでも、病的な症状がなくなっただけであって、本質は何も変わってない。結局就職活動中でそれは再び現れた。いったい何と戦っているのだ?とりあえず、就職が決まっても、働いている今も自分に重くのしかかる。まったく見えない、存在しない敵!ただわかるのは、数年前に現れた敵と同じものであるということだけだ。

その見えない敵のせいで自分は、「幸せ」というものを完全に無くした気がする。正確には、「幸せ」というものに対する気づきや感謝だ。