依存症というのを考えてみよう。

依存症。それは、なにかある、一つの物がないと不安になるもの。そして、その現状の不安感を打開できるかもしれないであろう何かを気休めにしておく。気がつくとそれがないといられなくなってくる。これには2種類ある

  • やたらと、自分はなんでこうなんだろうと、内向けに心が働いてしまうタイプ
  • これやってるのが、何が悪いと周囲に怒りをぶつけるタイプ。

症状は、なにかその場限りでも目の前に立ちふさがりし不安によって冷静さを失い、正常な思考もできなくなるという点で一致しているが、やりばのない感情をどうするかによって、医者の診断はかわってくるだろう。

しかし、この2つの依存症は、似て非なるものだ。たとえば、たばこについて考えてみよう。

前者の場合、その不安から逃れるために、一時的でもいい、その不安を取り除くための何かを解消するため、なにかにとらわれるように依存していく。一般的な例をとると、アメリカにおいてベトナムの帰還兵が、度重なるゲリラ戦で、つねにいつどこから攻撃されるかわからないという状況がトラウマになり、麻薬が横行したというのがある。これは、脅迫性依存というらしい。似たようなものに、潔癖症,など、極端な例になるとリストカットもこれに該当するとのこと。

一方後者は、「これがなければいられないんだ」と、たとえ吸う度に寿命を縮ませていく物であっても、とにかく自分の主張を通し、出さないと「なんでださないんだ!」というように、周囲に不満をぶちまける。

脅迫性依存の場合

さっきのアメリカの帰還兵の話だが、当時の社会心理学者は、麻薬が世間全体に広がると悲願していたが、結局一過性のもので済んだ。なぜだろうか?それは、上で述べたように、悪いのは自分だと「なんで、周りの人はああなのに、自分はこうなんだろう」という風に考え、脅されているような状態だからだと思われる。つまり、自分がそういった行為をすることに、必要以上に内罰的になっていたと言える。このため、最終的にはそれをする元気すらなくなり、寝たきり状態になってしまう。ただ、自分の症状を気づいている場合が多いので、病院に行くことにはさほど抵抗が無いと思われる。

排他的な依存症

本来依存症とは、こちらの事を言う。脅迫性依存とは異なり排他的になる。一番よく聞く例が、酒を一日中飲んでなくなると、家族に手をあげるというもの。家庭崩壊の最大の原因なのではないだろうか。こういう人の場合、病院行くことを拒む場合が多い。彼らからすれば、悪いのは周囲であって自分ではないと考え、自分は病気だといったような感情は備えてないからである。

上の例のたばこの成分に含まれるニコチンには、中枢神経や末梢神経を興奮または麻痺させたり、血管を収縮させたりするという症状を起こす。つまり、神経に作用する。よく、愛煙家は依存症だといわれるのはここらへんにあると思われる。いわば、ニコチン中毒。

自分の場合

どちらかというと、脅迫観念のようなものが多かったと思う。たとえば、鬱が最悪の時は、朝目覚めたそのときから、不安に悩まされてくる。意味もなく不安だ。天井から不安が具体的な形として落ちてくるようなものがあり、それから逃れよう、うまくかわそうと、逃げ回るわけだが、決して逃げられる者ではない。こういうのをパニック症候群とい言うらしい。

考え方が変わらない病気

自分は、依存症とは考え方が変えたくても変えられないようになってしまい、思考が完全にループしながら、下っていくようなものだと思う。ある人は、引きこもることによって、またある人は、お酒を飲んで酔いつぶれて忘れようとして・・・。考え方が変わらないというのは、非常に恐ろしいものだと思う。

あなたは、方向感覚が完全に狂ったという経験はないだろうか?単純にどこを向いてるかわからないといった状態とは違って、自分が北だと思っているのが実は南で、完全に方向感覚が反転しているような状態だ。完全にわからないならまだいいが、移動する物体の中にいると、逆方向に進んでいるように錯覚する。すると、だれでも不安に感じるだろう。依存症とは、この現象によく似ている。

変な風に思いこんでしまう。その結果、必要以上に自分を卑下してしまう。多くの場合において、全然関係ない事まで自然と関連づけられネガティブな方へ螺旋階段を下るがごとく落ちてしまう。

どうしたら、考え方を変えることができるか?自分の経験から言うと、やはり長期の休養、病院、カウンセリング。これしかないと思う。結局、脳内物質の異常がこの現象を引き起こしているとしか思えない。一見この考え方はおかしいと思うかもしれない。

よく、言われるのが『自制心がない』という意見と、『逃げている』という意見。つまり、自分の理性を押さえることができない、精神の薄弱な人のいいわけだと言いたいのだろう。だが、それは大きな間違いである。本人も必ずしも好きでやっているとは限らない。どちらの例にしても、とにかく不安から逃れるためにやっているという面は変わらないのだ。そこを間違えないでほしい。それと同時に、いくら依存していても確実に現実世界をむしばんでいくということは、本人にもわかる。だから、依存しているのだ。

どうしたら、この連鎖を止めることができるか?

やはり、クリニックへ行き、早めに薬を飲むべきだ。少し話はずれるが、日本では「心頭滅却すれば火もまた涼し」ということわざがあるように、とにかく我慢する事を強要するような傾向がある。同じ依存症でも「ひきこもり」とか「火病」のような、こもってしまうタイプの状態は、欧米ではあまり聞かないという話を聞いた。自分の経験から言っても、一般的にこの手の本で書かれている内容でも「社会の流れからおいてかれる」といった焦燥感がひきこもらせる原因となっているわけだが、欧米ではないそうだ。だから、この手の病状はhikikomoriとそのまま言われるらしい。